小麦を刈ったその後に

今回は「タッチ」のお話しなんである。

もちろん、あだち充先生の「たっちゃん」ではない。
ナイスミドルオーバーの方々には最も馴染み深いであろうが、そうではない。

で、もちろんの事、お触りの「タッチ」でもない。
何を触るかは個人の発想の自由とするが、例を挙げるなら。
顎にタッチ。団子にタッチ。稚魚にタッチ。
民間人にタッチ。露にタッチ。ルンバにタッチ。

結果、「あだちみつる」にタッチなんである。

とまぁ、無駄な時数稼ぎをしておいたところで、本題に入ろう。

私の言う「タッチ」とは、
パソコンのキーボード入力に対する「タッチ」である。
人が見たらびっくりするくらい、ソフトタッチなんである。

何故、そんなソフトタッチになったかは、育った家庭環境が大きく影響している。

昔、うちのオカンはバリバリに怖かった。
前回、ダンプカーで竹を踏んでバリバリに割る性格と書いたが、正にそうだ。
割った上に燃やし尽くして、竹炭になった。

特に小学校時分は、毎日烈火の如く怒られた。
その声は団地中に響き渡った。
閉め出しもよくくらい、ご近所さんに助けて頂いたのも1回や2回ではない。
フルスイングの平手打ちを頂戴し、鼻血が出た事もあった。
ま、全ての原因は私にあるのだが。

そして私は服従を選んだ。
反抗より服従を選んだのである。
反抗期というものは無かった。
絶対服従である。

その結果、何にでも一歩引いたポジションに立つ様になった。

思考も引っ込んだ。
写真もいつも端っこ。
楽器も低音。

そして、キーボードを打つ力もソフトタッチになった。
カフェでよく見かける仕事してます風な人の様に、カタカタカタカタ!パチン!
とは、出来ないのである。
私からは音はしない。

音はしないし、ソフトタッチのせいで打ったはずなのに入力されておらず、何回も何回もやり直す。
こう見ると、イライラしてしまいそうだが、案外そうでもない。
ちょっと笑える事もあるのだ。

「生涯学習」と打ったつもりが、gを押す力がソフトなのでそのまま変換すると、

「生愛悪臭」となる。

なんという破壊力のある文字。
なんという創造性のある文字。

生の愛が悪臭と。
その前に生の愛てなんや。
心の中で色々ツッコミながら。

破壊と創造を生み出すタッチ。ソフトタッチ。

そして、ただ単純にタイピングが下手という側面も合わせ持つ。